2022年6月23日 / 最終更新日時 : 2022年11月10日 JAMBO STAFF コラム 〜あの日見た飛行機雲〜 国際線機長40年の想い 第七章 天候=未知との遭遇7−7 「 UFO 」 あの人は“宇宙人”みたいだ、と言われるのは誉め言葉で使われるより、常識はずれの人、周りの空気の読めない人、変り者、という意味合いで使われるのが多いのではないでしょうか。 私の家内に「あなたの同 […]
2022年6月7日 / 最終更新日時 : 2022年6月7日 JAMBO STAFF コラム 〜あの日見た飛行機雲〜 国際線機長40年の想い 第七章 天候=未知との遭遇7−6 「 過飽和 」 1974年5月某日 DC8の機長をしていて、東南アジアや米国が主な仕事先の頃の話です。 未だソ連の「鉄のカーテン」の残渣が存在していたとき、日本や米国の新聞に載った記事がありました。 東京からアラスカやシ […]
2022年5月30日 / 最終更新日時 : 2022年6月7日 JAMBO STAFF コラム 〜あの日見た飛行機雲〜 国際線機長40年の想い 第七章 天候=未知との遭遇7−5 マイアミの朝霧 1983年4月某日、DC8-62操縦中の出来事です。 当時、成田=ロサンゼルス=(マイアミ)=サンパウロの南米線のお客様は、ロスでB747からDC8に乗り換えて途中の給油地マイアミを経由して行きました。 […]
2022年5月27日 / 最終更新日時 : 2022年6月2日 JAMBO STAFF コラム 〜あの日見た飛行機雲〜 国際線機長40年の想い 第七章 天候=未知との遭遇7−4 サンフランシスコの「 霧 」 ある日東京での会合の後、宴席に参加した時のことです。 何人かの乗員の仲間と悪天候時の仕事の話になりました。 やれ東南アジアだ、香港だ、冬のヨーロッパだと言ってるところに、当時の運航担当役員で […]
2022年5月12日 / 最終更新日時 : 2022年6月2日 JAMBO STAFF コラム 〜あの日見た飛行機雲〜 国際線機長40年の想い 第七章 天候=未知との遭遇7−3 「 雷 」 〜アメリカの蛍光灯〜 私は1983年~1985年まで、DC8-62でロサンゼルス=マイアミ(経由地)=サンパウロの路線を主に飛んでいました。 そんな1984年7月某日のことです。 ロスからの北米大陸横断は5時 […]
2022年5月6日 / 最終更新日時 : 2022年6月2日 JAMBO STAFF コラム 〜あの日見た飛行機雲〜 国際線機長40年の想い 第七章 天候=未知との遭遇7−2 雨 1973年春、DC8の機長として主に東南アジアを飛んで居ました。 この航路では、春先から夏にかけて日本の梅雨前線と同じ様な雨の前線帯(ITC)が必ずと言って良い程、航路を横切る形で上下していました。大人しい時も活 […]
2022年4月23日 / 最終更新日時 : 2022年11月10日 JAMBO STAFF コラム 〜あの日見た飛行機雲〜 国際線機長40年の想い 第七章 天候=未知との遭遇7−1 風 1969年10月某日、ロンドン⇒アンカレッジ便、私がDC8のFO時代の経験です。 私以外のクルーは機長米国人、FE米国人、NAV(ナビゲーター)米国人でした。 高度3万フィート(約10km)前後、速度M0.82(音速 […]
2022年1月28日 / 最終更新日時 : 2022年6月2日 JAMBO STAFF コラム 〜あの日見た飛行機雲〜 国際線機長40年の想い 第六章 リンドバーグのスパイ説 1902年2月生まれのリンドバーグは「スピリットオブセントルイス号」で1927年5月20日の早朝、ニューヨークのルーズベルト飛行場を離陸し、5月21日夜の10時過ぎにパリのルブルジェ空港に着陸しま […]
2021年12月25日 / 最終更新日時 : 2022年11月10日 JAMBO STAFF コラム 〜あの日見た飛行機雲〜 国際線機長40年の想い 第五章 ジェット旅客機コメットの教訓 1953年、1954年にかけて英国デハビランド社が4機製作した、世界初のジェット旅客機コメットMK1に連続して空中爆発と思われる事故が発生しました。 当時事故原因については色々な憶測を呼んだ […]
2021年12月10日 / 最終更新日時 : 2022年6月2日 JAMBO STAFF コラム 〜あの日見た飛行機雲〜 国際線機長40年の想い 第四章 航空路図とパイロット 旧JAL社内で使用していた国内の航空路図や進入路図などのチャート類は社内の運航基準部が、航空局が出版したAIP JAPANなどを基に作成したものでありました。 他の航空会社も同様に独自に作成し、必 […]