〜あの日見た飛行機雲〜 国際線機長40年の想い 第七章 天候=未知との遭遇7−6

「 過飽和 」

1974年5月某日 DC8の機長をしていて、東南アジアや米国が主な仕事先の頃の話です。

未だソ連の「鉄のカーテン」の残渣が存在していたとき、日本や米国の新聞に載った記事がありました。

東京からアラスカやシアトル、ワシントン等への大圏コースに近いアリューシャン列島近くで「原子爆弾と思しき雲を近くに見た」「飛行機で入った」という、複数の航空機のレポートが報告されました。

何機かは着陸した後に、機体の放射能検査を米国で受けたりしたが、放射能らしき結果は何も出なかったといいます。

当時は冷戦の真っ只中でしたから、西側(米国側)・東側(ソ連)問わず核実験を繰り返していましたから、このような不審な雲を見ると驚いてしまうものでした。

西側が核実験をする場合はどのような形であれ事前にインフォメーションを受け取れることがほとんどですが、相手サイドである東側が実権を行う場合は情報は入ってきませんから尚更警戒します。

それからしばらくして、同期の友人K機長と話す機会がありました。

彼もその騒がれた当日にアラスカに向けて、北海道のやや北東を飛行していたそうです。

飛行高度数千フィート下には白く濃い雲海が広がっていて、気流は穏やかであったといいます。

少し策の雲海に、まるで皿に盛ったアイスクリームのような白いお椀をかぶせた様な物が見えていたとのこと。

それが突然見る間に大きくドーム型に膨れ、あっという間に数千フィート下にあった雲海の雲が彼らの飛行高度まで上がって来て、一瞬にして白い雲の中に入ってしまっていたということでした。

「まるで過飽和の水溶液が何らかの刺激で、一瞬にして結晶化するような状態」だったといいます。

氷点下以下で水であったものが、何かの衝撃か刺激で見る間に氷になることもありますので、その様なことも有るのかと妙に納得させられました。

友人K機長は学研肌のタイプで「気象現象の中には未だ教科書以外に知られて無いことも結構あるよね」と、ボソッと続けた話しぶりにも説得力がありました。

すると別の友人が

「ポーラールートの北極圏上空で、外気温が-80度C近いあり得ない値を示して、計器を叩いたこともあったし」

「低温の空気もオーロラと一緒に磁力線に引き付けられるのじゃないの?」

他の友人の冗談はさて置き、K機長の「未だ知られてない気象現象」という言葉には、その後「謙虚に天候に向き合う」という言葉の解釈で臨み、仕事に生かすようにしてきました。

最近になって調べてみたのですが、気象現象だけでなく、この地球についても分かっていることよりも未だ分かっていないことの方がずっと多いみたいです。

ですから、フライトをしてれば思いも寄らない現象に遭遇することはよくある事として業務に臨み、どんな事に遭遇しようとも確実に乗客・乗員全員を無事に地上に降ろすことができる技術と知識を持っていく必要があると思います。

これが現代においてもパイロットという職業がコンピュータ・AIによる全自動操縦に取って代わられない1つの理由だと考えています。

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