〜あの日見た飛行機雲〜 国際線機長40年の想い 第四章

航空路図とパイロット

旧JAL社内で使用していた国内の航空路図や進入路図などのチャート類は社内の運航基準部が、航空局が出版したAIP JAPANなどを基に作成したものでありました。 

他の航空会社も同様に独自に作成し、必要部署や乗員に配布していました。
その後、旧JALではチャート類はジェプセン社のものに変更されていきました。

多分私が最初にジェプセン航空図にお世話になったのはサンノゼ(カリフォルニア、シリコンバレーで有名になる前)での基礎訓練時でした。

紙質が薄いのにとても丈夫で、独特の雰囲気を持っていて見易くて驚いた記憶があります。

FO(副操縦士)になって国内線専門から配属先が決まると、東南アジア線、太平洋線、北回りヨーロッパ線、南回り線、など配属方面毎に分厚い革表紙のジェプセンを渡されます。

この改訂版が週に何回か配布されるのです。(2、3ページから、多い時で数十ページ)

乗員にとっては面倒で時間を取られる作業でした。

しかし改訂(リバイス)せずに旧いままだと法規違反は無論、事故にもつながり兼ねないのでフライト前後の大切な作業でした。
この分厚い本はフライトバッグの大半の重さになり、路線によっては2、3冊必要なほどでした。

人によっては必要な部分だけ自分用に抜き出していましたが、これも改訂時には時間の掛かる作業を生じさせていました。

当時聞いたところでは、一冊何万円(リバイス含めて)もするもので、全部署全体では相当な額になっていたと思います。
路線の少ない外国の航空会社では、機内の装備品として個人には貸与していない会社もあると聞いていましたが、国内航空各社は事前準備の必要性から個人貸与とされていました。

このチャートを作っているジェプセン社の成り立ちが、非常に興味深いのです。

ジェプセン(Jeppesen)航空路図を作った人物

昔々1920年代にElrey Borge Jeppesenという人がパイロットとして米国で働いていました。

当時の仕事は小型輸送機で郵便や貨物を目的地に届けるのが主な仕事で、旅客輸送は未だ限られた路線でしか始まっていませんでした。

その当時、航法と言えるものは無く、山や川や特徴のある建物などの地形を見て飛行を続け、目的の飛行場や空き地に降りるような時代でありました。

天候が悪くなって目標を見失って引き返したり、山にぶつかったりする事故が後を絶ちませんでした。

その中で彼、ジェプセンだけが何時も涼しい顔で多少の悪天候でも、時間通りに事故もなく仕事をしていました。
仲間が不思議がって訊ねたところ、ジェプセンは秘蔵のチャートを見せたのです。

そこには、綺麗に描かれた地点目標や、山の高さ、障害物、進入経路などが正確に画かれていました。

それを見た仲間達は、写させてくれと何人もが彼のチャートをコピーしたといいます。

そのうち評判を聞きつけて来る人も多くなり、コピー一部につき何ドルかで売るようになり、1934年には会社を立ち上げるまでになっていました。

仲間からはチャートについての新しい情報も貰えるようになり、より正確な見易いチャートにアップデートされていきました。

現在では世界中を網羅し、従業員も3000人を超える会社に成長しています。

また、R-NAV(エリアナビゲーション)時代に備えた電子化や、EFB(操縦席のパソコン化)のソフト開発など、時代に合わせたチャート作りにも力を注いでいます。

しかしながら、私のような古い人間としてはマーカーや赤で自分のメモを書き込んだ、紙のチャートの方が好みではあります。

第五章へ続く・・・

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