都市伝説1 〜秋田美人〜

みなさん、こんにちは!

JAMBOスタッフの伊藤です!

去年の今頃は秋田空港に来ておりました!

冬の秋田はとにかく寒かったです!

しかし、寒ければ寒いほど秋田名物、きりたんぽ鍋が美味しく食べられるので、あまり苦にはなりません(笑)

ここだけの話ですが・・・

やっぱり秋田は美人が多い!!

「秋田美人」という言葉がある通り、秋田県には美人が多いことで有名です。

この「秋田美人」には、このような言い伝えがあるのは知っていますか?

秋田美人伝説

時は戦国時代まで遡ります。

徳川家が関ヶ原の戦いに勝利し、徳川家康が江戸幕府を興した頃、家康の子の徳川頼房が水戸(茨城県)に入府する事となり、元々水戸を治めていた領主の佐竹義宣は出羽国(秋田県)に領地替えを命じられました。

女好きで有名だった佐竹義宣は、水戸中の美人を集めて一緒に秋田へ連れて行ってしまいました。

これに落胆したのは新しい水戸領主となった徳川頼房。

徳川頼房もかなりの女好きで、女好きの佐竹義宣が治めていた水戸に赴任し、水戸の美人を手に入れる事を楽しみにしていましたが、水戸の美人は全て佐竹義宣が連れて行ったしまったので、大いに落胆しました。

そこで、徳川頼房は佐竹義宣に「水戸中の美人を連れて行ったことは不問にするから、秋田の美人をいくらかよこすように。」とお願いをしました。

天下の徳川家康の息子からこう言われたら、佐竹義宣も従わざるを得ません。

しかし、どうしても美人を譲り渡したくない佐竹義宣は、秋田中の醜い女を集めて水戸に「これが秋田の美人です」と言って送りました。

こうして、秋田には美人だけが残り、女性は全員美人となり、逆に水戸は美しくない女性ばかりになりました。。。

という伝説です(笑)

もちろん、水戸(茨城県)の女性も美人な方が多いので、これは江戸時代に誰かが流した噂話でしょうね(笑)

このような俗説がまことしやかに語られることを都市伝説といいます。

都市伝説は話としては非常に面白く、ワクワクするものが多いですが、そのような話には、今回の水戸の女性のように傷つく人が必ずいて、しかも事実無根な事が多いので、公の場で発言するする時は注意しましょうね!

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