ステイ先で学ぶ政歴シリーズ 番外編1〜オリンピックの光と影〜

皆さん、こんにちは!

JAMBO スタッフの伊藤です。

遂に東京オリンピックが開幕しましたね。

個人的には、この状況下での開催には思うところがあるのですが、開催してしまった以上、これ以上酷い事態になることなく、閉会してくれるのを待つしかありません。

さて、平和の祭典オリンピックですが、オリンピックが発展した裏には大きな陰謀があったのはご存知でしょうか?

せっかくの東京オリンピック中に水を差してしまうようで不謹慎かもしれませんが、ある意味旬なネタなのでお話ししたいと思います。

近代オリンピック

そもそもオリンピックは古代ギリシアで市民に人気の祭典として行われていましたが、後にギリシャがローマ帝国に征服されると、ギリシャ神話信仰のもと行われていたオリンピックは、ローマ帝国のキリスト教化政策によって次第に人気は下火となり、やがて開催されなくなりました。

その後1500年ほどオリンピックは歴史の陰に埋もれていましたが、19世紀にフランスのクーベルタン男爵によって発見され、スポーツによる青少年の健全教育と文化・国籍の違いを乗り越えた世界平和を目指すという精神のもと、IOC(国際オリンピック委員会)が発足され、1896年にオリンピックの聖地であるギリシャにて第一回オリンピック大会が開催されました。

この時、制定されたオリンピック憲章を見てみると、上述したような「世界平和の維持と確立に寄与する」というもの以上のことは書かれておらず、開催国の経済効果や国威の発揚のために行うものではなく、メダル取得が目的のものでないことが分かります。

しかし、現在はどうでしょうか?

オリンピックの経済効果だとか、開会式の出来が他国と比べてどうだとか、メダルをいくつ取ったかとか。
完全に近代オリンピック初期の理念を見失っているように見えます。

さて、いつからこのような風潮になってしまったのでしょうか。

オリンピックの転換点

さて、本当の意味での平和の祭典としてスタートしたオリンピックですが、20世紀に入り、世界各国でナショナリズムの気運が高まると状況が変わってきました。

1920年代になると多くの国々が参加するようになり、各国ともにメダルを獲得し、いかに自国の選手、ひいては自国民・民族が優秀かを国内外に見せつけるようになってきました。

そして、最大の転換期は1936年のベルリンオリンピック。

現在恒例の聖火リレー、盛大な開会式、テレビ中継が初めて行われました。

一見、盛り上がっているようで良いように見えますが、1936年のドイツはナチス党が政権を握っており、これらには全て裏がありました。

まず聖火リレーは、ヨーロッパ中を回ってベルリンに入ってくるルートになっていましたが、これは将来的に戦争をした際に自軍の進軍が円滑にできるように各国の道路状況や地形を調査するために行いました。

盛大な開会式は、ナチス政権下のドイツの国力と国威を国内外に向けて宣伝するために実施されました。
また、それを視覚的に見せつけるための最先端の道具としてテレビ中継が世界で初めて行われました。

ベルリンでは大規模な再開発が行われ、多くの商店が立ち並び、オリンピックのために集まった世界中の人々にドイツの豊かさを見せつけると共に、大きな経済効果を生み出しました。

また、これらの大規模なイベントを行う上で必要な関係各所との経済的結びつきも強まりました。

後にナチスドイツは戦争の敗北と共に打ち倒されますが、ナチス党が築いた国威発揚のためのオリンピックは今も受け継がれており、オリンピックが開催される度、開催国とオリンピックのあり方について議論を呼んでいます。

オリンピックが悪いとは言いませんが、開会式がショボかった、経済効果は本当にあるのかという議論をする前に、たまにはオリンピックの意義について今一度考えてみるべきではないかと私は思うのです。

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