ステイ先で学ぶ政歴シリーズ 海外編5〜ベトナム ホーチミン〜

シンチャオ!(ベトナム語でこんにちは)

JAMBO STAFFの伊藤です!

一年前の今頃はベトナム最大の都市、ホーチミンにいました!

「テト」と呼ばれるベトナム正月が毎年丁度この頃で、町中大賑わいでした。

ところで皆さん、ホーチミンの名前の由来はご存知でしょうか??

ホーチミン、というのは、知っている人も多くいると思いますが、現在のベトナム民主共和国 初代首席ホー・チ・ミンの名前から来ています。

しかし、ホーチミンはホー・チ・ミンがベトナムを掌握後、突然新しく築いた都市ではありません。

今回は、ホーチミンシティとその過去に築いてお話ししていこうと思います。

ホーチミンという名前はいつから?

今では、ベトナム最大の都市として世界的に有名で、東南アジアの中でも有数の巨大都市、ホーチミンですが、ホーチミンの空港(タンソンニャット空港)のIATAコードは「SGN」という表記で、ホーチミンやタンソンニャットには該当しない頭文字です。

「SGN」は、「サイゴン」の頭文字になります。

サイゴンは、1975年までベトナム南部を支配していたベトナム共和国(南ベトナム)の首都で、ベトナム戦争で米軍が撤退し、総崩れになった南ベトナム軍を、北ベトナム軍(現在のベトナム政府軍)が打ち破り、サイゴンを陥落させ、1976年に指導者ホー・チ・ミンの名前を取って、ホーチミンと改名されました。

東南アジアの国々の人々にとって「ホーチミン」という名称よりも「サイゴン」という名称の方が一般的なので、東南アジアを旅行する時はサイゴンと言った方が伝わりやすいかもしれません。

また、ベトナムも北部の人は、ホーチミンと普通に呼びますが、元々、南ベトナム側だった南部の人達の中には、ホーチミンと呼ぶ事を好まない人も多くいるので、注意が必要です。

何故なら、南ベトナムは長年、アメリカを味方につけ、北ベトナムと戦争をしていた歴史があり、米軍撤退後の降伏と併合も、南ベトナムの人々が納得してのことではありませんでした。

併合後、南部ベトナムでは大規模な虐殺や粛清こそ起きませんでしたが、多くの南ベトナム人の財産が、北ベトナムの国家・経済信念である共産主義にならって収奪されてしまった過去があるので、政府に対して良い感情を抱いていない南ベトナムの人も大勢いることは忘れてはいけません。

南部ベトナムに行った際や、南部出身のベトナム人と会話をする時は、最初からサイゴンと言った方がウケが良いかもしれませんね。

北ベトナムと南ベトナムの違い

第二次世界大戦後の大国の思惑もあったとはいえ、南北に分断されていたベトナム。

やはり、南北でも多少文化や特徴は異なります。

一般的に南部の人は、気温が高く、日差しが強いため、色黒で気さくな人々が多く、逆に北部の人は、気温が南部に比べて低く、中国にも近いために色白な人が多く、物静かな人が多いといいます。

食事にも違いがあり、南部は味が濃く、辛い料理が多いのに対して、北部の料理は薄味で、辛さ控えめな料理が多いのが特徴です。

ベトナム旅行で時間があったら、南北ベトナムの都市に訪れて、空気の違いを感じてみるのも良いかもしれませんね!

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